尾上典宏ブログ

日々の気づきなど投稿しています。

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下げにもうけよ、上げでもうけるな

誤解をしていました。
デフレの局面でこそ、頑張ってモノを売って儲けていこうという話だと思っていましたが、違ったのです。

大正9年の戦後恐慌(WWI後のバブル特需から、プレーヤーに欧州列強が復活し、生産在庫余剰⇒商品価値の大下落)に見舞われ、企業株価は1/3ほどまでに暴落。生糸の価値も半分以下になってしまった。

岡田屋は5代目岡田惣右衛門さんが当時当主として経営(生糸の生産も手がけていた)しており、
「商品の価値はなくなったと思え」(つまり、0円)
と、番頭さん始め、従業員に言い、大暴落の最中、在庫を大特価で吐き出した・・・なぜなら、在庫が帳簿上0円とみなして売り出したから。本来なら帳簿上大赤字だが、日本中で商品の価値は暴落しており、どこも似たような様相だった。
そこで売り上げた資金を元に、価格が下がりきった生糸や商品を仕入れては特価で売りさばき続け、結果、後に株式会社岡田屋を創業する資金となった。

大正15年(1925)に、当時のお金で25万円(当時の米物価をベースにすると、現在の4億円)・・・四日市市の一般会計が当時28万円・・・で株式会社を設立。

それが出来たからこその家訓、
「下げにもうけよ、上げでもうけるな」
であり、デフレ局面に儲けようという安易な話ではない。勿論、インフレ局面で値段が上がってくる際に、安易に価格を吊り上げてお客さんに損をさせないということはそのまま受け取って良いようだが。

下げの局面⇒不況にあるときこそ、お客さまの為に頑張ろうということだ。結局は三方良しの近江商人のマインドに繋がる。

希臘のデモ

アテネはじめ主要都市で大規模デモと48時間ストライキが行われているようですね。国民とすれば、公務員の削減、年金の削減、給与の削減、税率の増加、と痛みのみしかない今回の緊縮措置。

当事者としては、たまったもんじゃありませんね。目に見えて生活が苦しくなる。けれども、これを行わなければ、国は債務不履行を起こしかねない状況になってしまう。
助ける側のドイツや他EU諸国民からすれば、それほど大変な状況なんだから、ギリシャ国民よそれくらいは我慢しろと言いたくなりますよね。

直接は歴代ギリシャ政府の放漫な財政運営が引き起こした破綻ですが、間接的にそれら政治家を選んできた国民であるとすれば、今回のデモ行動、特に一部暴徒化していることについては理解しかねます。

日本で同様に、復興財源、福祉財源が必要で消費税があがることになっても、デモや暴動が起きるとは考えにくいですね。先送りしてしまった自業自得があります、国民として。それが、団塊の世代のせいでも、生まれてきた順序で後になった我々が負って生きていかなければならないことは、もう致し方ないことです。諦観の境地ですね。

諦めては何も始まらない、のかもしれませんが、諦めてありのままを受け入れることも、ギリシャの暴動を見ていると必要なのではないかと思えます(これが放射能汚染というものになったらば、諦めてはいけないですが、殊財政に限っての話)。

ギリシャ国民も暴徒化せずに、品位をもってストとデモのみ行っているのであれば応援する気持ちにもなったものですが、暴徒化してしまっては、単なるワガママや駄々にしか悲しいかなうつりません。自分が助ける立場の他EU国民であったら、浅ましいとも思ったでしょうね。それだけ、国がピンチであることを、甘んじて受け入れることが、ギリシャ国民には必要なのではないでしょうか。

日本が同じ立場になったら、自分は受け入れるしか解決策がないなら、受け入れると考えますから。

切り口

10/1より、仕事に復帰しました。
普通なら、慣らし運転から始めるのが原則ですが、フルに8~10時間で稼動しています。

これは、シフトの穴を埋めるための出勤です。
となると、また
「シフトを埋める為に出ている」
「休んでしまったらシフトに穴が開く」
という強迫観念に駆られ、昨晩は23時に寝たというのに早朝覚醒してしまいました(午前2時30分過ぎに目覚めました)。

フラッシュバックで学生時代にいじめを受けていた悪夢を見て、目が覚めたという最悪な覚醒です。

これは、シフトを埋めなければいけない。と自分が思ってこの1週間出勤した結果ととらえています。こういうクソ真面目に考える自分が自分を追い込むのです。もっと気楽に、今日は830-1730のシフトさえこなせば帰れる。1200-2100のシフトがこなせれば帰れる、という風に割り切っていられれば、こんんなに悪夢を見なければならないようなストレスは抱えないわけです。

うつになるのは、性格要因も大きく、自分はクソ真面目のドシリアスなので(バランスをとるために話はふざけてばかりですが)ムダにうつになりがちです。

こういうのは、もっとあっけらかんと、自分と仕事を切り離してみて、無理なものは無理なんだと割り切っていかないと、つきあいきれないのです。

そういった意味で、切り口というのは大変重要で、見方を変えることが、余計なストレスを抱えない方法といえます。Mixiでも、マイミクさんが沢山ストレスを抱えているのですが、思った以上に、他人なんて自分に興味なんてもっていませんし、そしてそこが仕事できないからということで、何かが滞るということも実はありません。単なる自信過剰か、自己陶酔か、過信か、のどこかにはまているだけです。それほどまで、他人は人に無関心で、自分にのみ関心が行っているということです。

追い詰められたなと思ったら、見方、切り口を変えると思った以上に光明が見えるものです。と、自分にも言い聞かせるつもりで、久々のエントリでした。

やっぱり、最初っからフルに働くと、疲れ切ってネットなんていじってる余裕もありません。

相対性理論が

昨日、日経、東京新聞共に記事にしていたのだが、名古屋大学大学院理化学研究科の准教授らが参加する国際グループが「ニュートリノ」が「光よりも早く動いた」とする測定結果を公表した件。

光速を超えることができたとするなら、時間の流れが逆行し、タイムマシンが出来る可能性が見出されたことになってしまう。そんな衝撃的な測定値だ。

過去に戻れないからこそ、人間は未来を向いて生きていけるのに、もし過去に戻れるようなことがあったら、過去に捕らわれ、未来を向いて生きていけなくなる。人生にリセットボタンが生じることになるし、国家間で競ってタイムマシン研究などが始まったとしたら、僕達の生きる未来は特定の国家によって捻じ曲げられてしまうことになる。

絵空事だから、タイムマシンという考え方は面白いのであって、実際に起きるというのであれば悪夢以外の何ものでもない。今までも、他の研究結果によって、光速を越えたことがあったようだがこれは信頼性の低い環境で行っていたため「そんな馬鹿な」程度で済まされていたようだが、今回は時計の狂いも1ナノ秒とない状況下で行って出た測定値だけに衝撃が走ったのだろう。

となれば、粒子として質量「0」の光よりも、幾分かの質量を持つ素粒子(ニュートリノ)が光速を超えるという、現代物理学からは考えられない状況が発生していることになる。

しかし、実際ワープが可能になるということになれば、UFOの瞬間移動も説明がつくことであり、宇宙の法則は地球の我々が考えているものとは違う可能性も否定は出来ないのであるから(昔は天動説だったが、実際は地球が動いている、宇宙の法則)、今回の発表は衝撃であったとしても、まず真摯に受け止めて検証される必要があるだろう。

夢は広がるが、タイムマシンが実現しそうになったら、核と同じくそれを使用しない国際条約を作らないと世界が大変なことになるのではなかろうか。もちろん、自分が地上に生きている間にそれを実現することはないと考えるが(未だに音速を超える乗物はあっても、光速を超える乗物は存在しない)。

ライムグリーンリボン

当事者にならない限り、知らない活動というのは世の中に沢山あることは知っている。自分の父が、今回悪性リンパ腫と診断されるまで、活動をしらなかったのが、表題に上げた「ライムグリーンリボン」活動。

乳がんのピンクリボンは有名だが、悪性リンパ腫にもあったということを認知していなかったので、皆さんにも紹介しておきたい。いや、寄付してくださいという意味ではなく、純粋に、こういう活動もあるのだ、という告知の意味で。

家族として、親父にしてやれることは、
本人については
1.励ますこと。
2.寛解することを願うこと。
3.治療方針について共に考えること。

くらいだろうか。

家族として考えることは
1.最悪の場合を考える。

に尽きる。家族として腹を括ることが最も重要だろう。こんなこと書くと、冷たいだの感情がないだの咎められることも多いのだが、感情で物事は解決しないのである。

帰宅困難対策

昨日の台風15号による帰宅困難の発生は、予見できた台風に対し、首都圏の会社が何の対応も出来なかった結果でしょう。

規模が950hpaで区内が台風の東側(雨風がきつい)に入ることが分かっていたこと。311で鉄道が止まることによって帰宅困難になったこと。

この予測と経験が全くもって生きなかった。これが昨日の混乱の原因です。暴風域に入れば、鉄道は安全面から止まることは予見できます。であれば、会社としての判断は、暴風域に入る前での帰宅、または、抜けるまで会社に留まらせる判断のどちらかを行うべきでした。

結局暴風域に入って、慌てて帰宅を促したのが15時ごろ。鉄道が止まりだした時間に帰宅を促したせいで、帰宅困難者で主要ターミナルが人で溢れかえるという現象が起きました。

台風は非常事態なのですから、そんな時まで仕事をするのは普通考えられません(お店の店長や、建設現場の責任者、行政の担当者など、台風に備えなければならない業務をしている人は別です)。昨日は13時には帰宅を促した会社もあり(三菱商事など)できないわけではないことがわかります。

「取引先に迷惑をかける」という理屈もありましたが、自然災害の緊急事態とどっちが重いのか。です。こうなったらば、帰宅困難者を発生させない仕組みをルールとして社会で決めなければならないでしょう。民間の判断があいまいならば。

15時に帰せるのであれば、2時間早く帰しても問題はなかったでしょうし、逆に帰せないのであれば、21時まで待機をさせておけば、交通網も回復が見込めたのですが(または、会社で泊まるという選択肢もあった)。

今年2回も帰宅難民になったかたは本当に不運です(僕は幸い、2回とも困難者にならずにすみましたが)。これを、不運と終わらせるのではなく、発生させない仕組みを民間レベルから行政に広げて考えるべき時にいまあるのではないでしょうか。

台風など予見される場合は特に、鉄道会社から各行政、またWeb等で休止するであろう時間を告知連絡し、事前に帰宅できるように備えることが出来れば、山梨まで帰りたいのに帰れない、なんていうことも解消できるはずです。

ロウキー

台風15号接近中。
なんですが、近所の人のアクションをみていても、備えをしないのが不思議です。うちはとうに、物干し竿も部屋にしまい、物干しのアームも収納し、シャッターも閉め、飛びそうな鉢などは部屋に入れ、グリーンカーテンも外し、シャッターのない窓ガラスには布テープで飛散防止の処置をしたのですが、周りは全く何のアクションもしてません。

今回は台風の東側に都内は入るので、暴風雨にさらされることになるにも関わらずです。

ちょっと、自然をなめすぎじゃないかと思います。東海地方出身なんで、台風には備えすぎる癖がありますが、備えすぎて何もなかったのが一番いいのです。であるにも関わらず、何も備えない。

いっそ、大きな被害をこうむった方が東京のためになるのではないかと思います。あまりにも、東京の人たちは安穏としすぎていて、当事者意識に欠けています。それが、そら恐ろしいです。

非暴力不服従

脱原発を掲げた、5万人のデモ行進に参加してきました。
生まれた初めてのデモ行進です。

「原発はいらない」
「核廃棄物の処理が出来ないのに持つ事は矛盾している」
「死の町をこれ以上作らないで欲しい」
「中学生以下子供達、女子高生・女子大生の母なる命を守れ」

という思いが強かったからこその参加です。

わが故郷、三重県はその昔、南勢町に原発が計画され追い返した歴史があります。

今は、有志の国民が立ち上がって、原発を日本からなくすアクションを起こす時だと思っています。すぐに無くせないとしても、今すぐに止められないとしても、経団連や利権にむらがる官民に惑わされることなく、原発という麻薬から日本が脱することが肝要です。

海水温を確実に上げる原発と温暖化の原因であるかどうかもはっきりしない二酸化炭素を出す火力発電なら、火力で頑張って欲しいです。それが姑息な手段だとしても、その間に、自然エネルギーの安定利用を図れば良いでしょうし、電気料金が上がってもそのほうがいいです。命を守ることが出来るなら。

放射能汚染は住めるところを奪います。FUKUSHIMAの悲劇をFUKUIやSHIZUOKAで繰り返してはなりません。未来の子供達に核のゴミをこれ以上押し付けることだけは、やめましょう。我々の時代に原子力発電をしたがために、1万年後に歴史を学ぶ子供達に批判されそうなことをこれ以上続けるのはやめましょう。節電で乗り切れることもこの夏実証されました。

みんなが贅沢に電気を使っていたのをやめ、日本の技術力で省エネを一段とすすめられるはずです。あとは、民間の技術に甘えることなく、政治が発送電を政策として分離し、発電の異業種参入を刺激することが求められます。甘い汁を吸うために、既存電力会社を守るのはどうぞやめて頂きたい。

6万人が、明治公園に集まりました。この民意が野田さんには伝わったでしょうか。是非、のだめ、になることなく、菅さんに続いて、脱原発を目指してください。

僕らが目指す道

僕達はどこにあるべきか。

現代の日本を生きる中で、個人の嗜好というものが明確になり、ロングテールといわれる部分の消費について注目が置かれてきた。いわゆるパレート図で言えばC商品、Z商品の部分である。

我々小売業は、8割のお客さまが支持するものを売っていくことに注力し、殊にまいばすけっとの場合はその傾向が強いわけだが、本当に100人お客さまが目の前にいたとして、そのうちの80人を振り向かせる商品などないであろう。

現に、自身がまいばすけっとで買うものは何か。といえば、こだわり不要な青果、塩干、ひき肉、日配品、惣菜である。あとは、どこよりも安い、という意味で「ビール」と「アイスクリーム」「冷凍食品」だ。

加工食品にはこだわりがあるため、まいばすけっとでは用を為さない(TVの減塩醤油、本みりん、なめ茸、ごまドレッシングぐらいである)。

自分は勝手に想像しているが、まいばすけっとはやはりどこまでも「冷蔵庫代わり」の存在である必要があろう。あとは調味料などストック品を最悪切らした場合の「ストッカー」。強みは価格優位な酒(といっても100円ローソンが付近にある場合、そこが値段をあわせるのが今首都圏では当たり前のようになっているが)、ペットボトル飲料、冷凍食品、アイスクリームであろう。

トレンドとして、グーグルの始める、ヨドバシやマツキヨ、無印良品の「商品価格」や「在庫情報」が実際の店舗ごとに公開される「グーグルローカルショッピング」などは興味深い。すわ、価格競争になるのでは?という懸念もあろうが、欲しい情報は「在庫」である。その商品がその店にあるかが重要だ。
ここにグーグルはコンビニエンスストアなども参加要請したいとのこと。この流れは、
GMSを経て、我々SMにも向かってくるだろう。スマホで、今日奥さんに買ってきてと頼まれた食品の在庫を調べてスーパーによる時代が来る可能性すら示唆している。

閑話休題。

つまり、我々はどうしていくか。従来の、A年代層にはAというクラスター、B年代層にはBというクラスターと分けていたことも、今の時代は通用しなくなっている。実に8割を取るというのは難しいことだ。それでも8割の支持を得る手段は何か。

やはりそれは、品切れのない商品提供である。自店で扱っている商品は、いついかなるシーンで行っても、そこに鮮度のよい状態で陳列されていることである。
我々が、これを実現することが出来れば、フォーマットとして最強のものとなり、2014年には都市小型スーパーの完成形として君臨することが可能だ。

それほど、品切れということが重罪であるということを、我々は認識しなければならない。

形容詞の感動詞化

文化庁の調査で「形容詞の語幹に『っ』をつける言葉の使い方」についての調査があったようです。いつもどおりの、言葉の意味や慣用句に付け足す形で調査したようなのですが。

その調査では、5つを訊いたようです。
「寒っ」「すごっ」「短っ」「長っ」「うるさっ」

で、「うるさっ」について気になる人は、10~20代で10%行かないのに対して、60代で43%もあったそうで。

僕は、これは形容詞が促音便化して、感動詞になったものだと考えます。
つまり、日本語として正しくないというのではない。ということです。
一般的に音便化する中で、イ音便と促音便は親和性が高いといわれます。

おそらく、イ段が促音化するところからの親和性だとおもいます。上の例で言えば、「短き」⇒「短い」⇒「短っ」という流れ。
他にも、「高き」⇒「高い」⇒「高っ」など、イ音便化した形容詞が感動詞に化けることで促音便化してるといえます。

促音便のあとに感嘆符をつければ、感動詞だととらえられると考えます。
あげれば枚挙に暇がないとも思いますが、よく使われる表現だけでも羅列してみると・・・。

「高っ!」「安っ!」「痛っ!」「痒っ!」「眠っ!」「ウザっ!」
「赤っ!」「青っ!」「白っ!」「黒っ!」「浅っ!」「深っ!」
「小っさっ!」「デカっ!」「重っ!」「軽っ!」「少なっ!」「多っ!」
「やばっ!」「美味っ!」「不味っ!」「甘っ!」「辛っ!」「苦っ!」
「酸っぱっ!」「しょっぱっ!」「弱っ!」「強っ!」「怖っ!」
「暗っ!」「だるっ!」「酷っ!」「臭っ!」「熱っ!」「冷たっ!」
「ぬるっ!」「きつっ!」「厳しっ!」「速っ!」「遅っ!」「煙たっ!」
「まぶしっ!」「キモっ!」「鋭っ!」「古っ!」「荒っ!」「細かっ!」

まだ出てくるけどいい加減やめておきます。

まあ、このように、特に五感に直接、端的に感じるものを形容している言葉などが感動詞になっていくのではないでしょうか。言葉が純化して、形容詞から感動詞化していくのではないかと。文法的に考えていくと、中々面白いテーマなのかもしれません。

ナビゲーション

ユーティリティ

リンク

その他活動範囲へのリンクです。

仕事用